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友人のひとり旅のテーマ

■■その世界では知られた男、T氏という人物
● 究極の鉄ちゃん

今は鉄ちゃんという言葉もあり、若い女性のマニアもいたりして、鉄道マニア、鉄道ファンは、市民権を獲得しています。しかしその昔、団塊世代が若かったころ、鉄道マニアは日陰の存在でした。当時「オタク」と言う言葉はありませんでしたが、もしあったら、真先にその称号を授与されるような立場でした。
「ぼく、鉄道マニア」と言っただけで、女性は無言で去ってゆく。人眼を忍んでガサゴソと、いい年をして汽車ポっポを追いかける、影の少数集団でありました。

そんな時代から、巌のように動かぬ意志を持ち続けた、「元祖鉄ちゃん」とも言える男、それがTという、わたしの小学校時代からの友人です。かなり早い時期にJR(当時は国鉄)、私鉄各全線を走破し、その世界では知られた男です。

● 「こいつと一緒に旅はできない・・・」

高校時代の終わりに、わたしは彼と四国旅行をしました。当時わたしは、ボンヤリと未知の土地に旅する喜びを感じているだけでした。一方のTは当時から、確たる旅の目的を持っていました。それは各駅の入場券集めで、各駅停車の列車に乗ることが大前提でした。そのときわたしは、「こいつと一緒に旅はできない」と思いました。

拘りのテーマを持つ旅は、ひとり旅に限ります。そしてひとり旅の達人になるためには、拘りのテーマを持つことが大前提です。他人にとっては無意味であっても、「バカみたい」と思われてもいいのです。自分さえよければいいのです。ひとり遊びに夢中になり、自分勝手の快楽を満喫するのです。

● 全国郵便局巡りと鉄道廃線巡り

ときは巡りTも、サラリーマンとなり家庭を持ち、今や中高年となりました。そして拘りのテーマを伴った彼のひとり旅行動は、益々活発になっています。
Tは現在、次のふたつのテーマを抱えて、ひとり旅を続けています。

(1)全国郵便局巡り
全国にある2万を遙かに超える郵便局を訪ね、1000円ずつ貯金をすること。近年5千局を達成したそうですが、まだ道遠しです。郵政民営化の中、郵便局の統廃合が予測され、彼の行動は急を要しています。

(2)全国鉄道廃線巡り
特に簡易鉄道の廃線跡が多く残る北海道に、当面注力しています。北海道の山深く分け入ることもあり、熊に食われないことを祈るばかりです。

Tのひとり旅は、現在は北海道に集中しており、組み立て自転車の持参が不可欠です。 かさばる自転車キットをかついで飛行機や列車に乗り込み、目的地に着いたら、30分くらいかけて組み立てます。郵便局や廃線巡りはほとんど自転車で行きます。

究極の自転車男も、最近は膝に痛みが走ることも・・・
そして体力の衰え・・・彼のひとり旅は、壮絶なる体力勝負の修羅場を迎えつつあるようです。

Tは、いまだ忙しい現役サラリーマン。帰宅はいつも十時過ぎ。その中から1週間~10日の休暇を苦労して捻出、さらに奥様との折合いを、こちらも苦労してつけながら、ひとり旅の時間を確保しています。
「早くリタイアして、大いなる自由時間を得たい!そしてひとり旅を思う存分したい!」それが今、彼の心の叫びです。

■■Tの旅日記
Tのひとり旅とは、具体的にどのようなものなのか。その一部を彼の手記から引用します。そのマニアックぶりに、しばしお付き合いください。
●●旅日記(一部)●●
4月28日(金) 夕方の東北新幹線で出発。
八戸で「つがる」に乗り換え、さらに青森で札幌行き夜行の「はまなす」に乗り換える。これは毎度のパターンである。
4月29日(土) 「はまなす」は早朝に南千歳に着く。
南千歳で釧路ゆきの「おおぞら」に乗り換え10時に帯広に着く。この日は帯広の南部の平原で収穫された甜菜を製糖工場に運んでいた十勝鉄道の線路跡を(発見できれば)鑑賞する。
きょうの線路跡鑑賞が終るところはかつての甜菜畑、現在は多分じゃがいも畑の真ん中で、泊まれる場所といったら八千代のユースホステルぐらいしかない。でもこのユースホステルはなんだってこんな辺鄙なところにあるのだろう。
4月30日(日) 今日も昨日に続いて十勝鉄道。
線路跡鑑賞に区切りがついたら、海岸沿いの大樹(たいき)町晩成まで頑張って、晩成温泉に泊まる。大樹晩成か、ムム。晩成温泉については今年の春、庶野(しょや)で泊まった「旅館どんどん」のおばさんが「あそこの温泉はすばらしいわよ」といっていた。楽しみである。
5月1日(月) 月曜なので郵便局が開いている。
生花(せいか)郵便局からのスタートである。生花は、今は「せいか」だけれど、もともとは生花苗(おいかまなえ)であった。だれもそう読んでくれないから、正しく読んでもらうことを諦めたのだろう。
ともあれこれで、根室の花咲半島の珸瑶瑁(ごようまい)郵便局から、えりも岬を経て苫小牧まで海岸沿いの郵便局がつながる。我ながらすごいなあ。
生花のあとは、内陸部に入って忠類(ちゅうるい)村・更別(さらべつ)村・中札内(なかさつない)村にある郵便局をまわり、そして帯広市内に入って幸福郵便局である。
幸福は、現在は帯広市に編入されているが、その前は札内(さつない)村であった。そして札内村は、その前は幸震(さちない)村であった。地震のことを平安時代ごろまでは「ナイ」といっていたそうだ。
北海道の地名に多い「ナントカナイ」あるいは「ナントカナエ」のナイやナエには通常「内」をあてる。そして時々は生花苗のように「苗」をあてる。ここは「なんでもかんでも『内』や『苗』ではなあ」と誰かが知恵を絞ったようだ。でも「幸震」をだれも「さちない」と読んでくれないので結局「札内」に変えた。
幸福は「幸震村の福井だか福島だかからの移住者地区」である。幸福のあと、清川・広野・上帯広の各局にも寄って、この日の夜になる。帯広駅前のビジネスホテル泊。
5月2日(火) きょうも貯金の日。
朝の根室本線のディーゼルカーで池田に出て、それから自転車で十弗(とおふつ)・豊頃駅前・豊頃・二宮・糠内の各局をまわり、また帯広市内に入って大正・愛国・川西・大空町・西八条である。今回の郵便局はこれでおしまい。昨日と同じビジネスホテルに泊まる。
5月3日(水) 河西鉄道の跡を鑑賞
なにせゴールデンウィークなのでもう貯金はできないけれど、せっかくの休みなので、十勝清水を起点にして十勝川流域の平原で甜菜を運んでいた河西鉄道の跡を(発見できれば)鑑賞する。河西鉄道も十勝鉄道も日本甜菜塘の子会社である。ここも一日ではキビシイかもしれない。
5月4日(木)
というわけで今日も河西鉄道。河西鉄道を終えたら、新得と上士幌を結んでいた北海道拓殖鉄道の跡の一部も鑑賞しよう。本当はさらに明日も明後日もかけて、北海道拓殖鉄道の跡を全区間鑑賞したいけれど、そうするとゴールデンウィークを全部費やしてしまうことになる。
私は全部費やしたいけれど、それではお盆前に「また北海道にゆきたい」と切り出したときに家内の猛反撃にあう危険性が高まる。だから今回はこのあたりで北海道を切り上げる。5、6、7の三日間だけでも大船に宿泊滞在して、そして家内の機嫌を取り結ぶようなサービスに励めばお盆前への期待も少しはつながるかもしれない。テキは会社だけではないのだ。
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